2012年03月16日

日本の心

DSC01235.JPG

創られた「日本の心」神話 〜「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)
 輪島 裕介 (著)



25年も前になるが、大学時代、2年ほど有線放送でバイトをしていた。
モニターとよばれる、電話リクエストを受けながら曲を流す仕事である。

CDもあったけど、まだまだアナログ盤の時代。放送室には膨大なEP盤(シングル盤)の棚があって、リクエストの電話を受ければその曲をかけ、あとは自分の好きな曲を自由に流すことが出来た。

リクエストを受け付けるのは「洋楽」「歌謡曲(今のJ-POP)」「演歌」の3つのチャンネル。
必然的にジャンルをまたいで非常に多くの曲に触れることが出来て、音楽好きの僕には非常に楽しいバイトだった。(時給は安かったけど・・)

そんな環境の中、当時から不思議に思っていたことがあった。
それは「演歌は日本の心」っていうフレーズ。
僕は「演歌」は、苦手なのだが(演歌好きの方すみません)、あたりまえのように語られるこの言葉を、図らずも聴くことになった演歌のレコードをプレーヤーで回しながらいつも違和感を持って咀嚼していた。

今も当時も演歌の中に出てくる女性は、「男に尽くして、じっと耐え忍び、やがて傷ついて上野から列車に乗って北に向かい、青函連絡船に乗って北海道に上陸。どこかの岬まで移動して、北の海の荒れ狂う波を見つめながら涙を流し、その後ススキノあたりのネオン街に身を沈め、ひとり酒場で酒を飲む」と、まあ、これは極端だが(笑)、大体こんなイメージだろうか。
一方男は、逆方向に極端な、いわば「明治の男」的なイメージが多い。

うーん、本当に一部の日本人には当てはまるのかもしれないけど、全体で見たらこれが日本の心とはいえないんじゃないの、って思っていた。
メロディー的にもよっぽど民謡のほうが受け継がれてきた日本のメロディーのような気がしていた。
でもそれはあくまで僕の感覚的な部分での話。

この本では、実は「演歌は日本の心」というフレーズが意図的に作り上げられたものであり、それを明治時代の「演歌」(今の演歌とは全く違うもの)から、現代の音楽シーンまでの豊富なデータを積み重ねながら、論証していく。
僕がずっと疑問に思っていたことのギミックがはっきりと見えてくるのが非常におもしろい。

こういったことに興味がある人にはとても面白くて刺激的な本である。
しかし、(ネタばれになるので深くは書かないが)「演歌」という新しいジャンルを一般化させるのに五木寛之が深くかかわっていたなど、目からうろこの事実もいろいろ書かれていて興味が尽きないなあ。




posted by Nobuhiko Tanaka at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | よみもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。