2014年11月17日

「生活工芸の時代」 三谷龍二+新潮社 編

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「生活工芸の時代」 三谷龍二+新潮社 編

木工作家の三谷龍二氏が主幹となって13名の筆者が「生活工芸」にいついてそれぞれの立場からの視点で記している。
複数の筆者の考察を読むことでそれを俯瞰的に眺めることが出来て興味深い。とても頷ける事も多いのだが内容をなぞっても仕方ないので、やきもの(食器)の分野で同じ時代を通ってきたものとして、一作家から見た「生活工芸」についてのちょっとした考察を書いてみたい。

(まず今日的意味での「生活工芸」の輪郭がはっきりしてきたのはここ十数年のことであり、それ以前には包括的にそう言った事象を表す言葉はなかったと思う。クラフトという言葉はもっと狭い範囲に思えるし、とりあえずここでは「生活工芸」も含めて全時代的に「生活雑貨」と書かせていただく。)

本書で指摘されている通り、生活雑貨にとっての大きな変化が顕著に表れたのが2000年前後ということは間違いない。
私のいるやきもの(食器)の世界でも多数の作家の多量の品物を並べたようなやきもの店が徐々に姿を消し、焼き物に限らず店主の感性でチョイスしたものを「美しく並べて」展示販売するセレクトショップ型の店が主流になった。
やきもの店以外でも、例えば昔ながらの雑然とした「骨董品店」から同じくセレクトショップ的な「アンティークショップ」、喫茶店から自然食中心で雑貨なども置いた「カフェ」へと流れが変化した。
出版においてはいわゆる「暮らし系雑誌」が相次いで創刊され、やきものを取り上げる際のスタンスもモノ中心から作家のライフスタイル中心に変わった。
そこで中心に置かれるのはあくまで「ステキな暮らし」であり、それを作り上げるパーツとしてモノが取り上げられ、読者はそれをなぞるように生活雑貨を選び、自らの「ライフスタイル」を組み立てていく。
そのライフスタイルに選ばれる生活雑貨が今日的意味での「生活工芸」であろう。

そしてこの本の帯にも書かれている通り「ライフスタイル」がブームになった。

その「ライフスタイル」を作り上げる「生活工芸」の主流となった価値基準は具体的な言葉でいえば、白、黒、モノトーン、シンプル、モダン、ナチュラル、エコ、日常性etc・・つまり、色々なものをそぎ落としたミニマムな「引き算的価値観」だった。
それはバブル崩壊から10年を経て、やっとバブル的「足し算的価値観」からの転換が起きたと言えるのではないか。
生活雑貨から範囲をを広げてみても、ロハスやスローライフ、スローフードといった「引き算的価値観」が社会的な潮流となり2010年ごろには「断捨離」というところにまで行きつくのである。

この「引き算的価値観」がもたらしたのが「大量生産、大量消費」の崩壊であった。
やきものにおいてもそれは顕著に影響し、産地の窯元や卸業者の廃業が相次ぎ、個人作家たちは自ら売る手段を考え、野外(だけではないが)クラフト市が全国にいくつも生まれ、「ライフスタイル」ブームと連動するようにそういったイベントには人が集まり昨今の隆盛に繋がって行く。

この流れがいつまで変わらずに続くのかはわからないが、ユーザーが「ライフスタイル」という箱を手に入れ、限られたその中のスペースに入れるものを自ら考えて選ぶというプロセスは、ものを買う手順としては極めて健全なのではと思うし、「生活工芸」がその選択肢として重要であることは喜ばしいと思う。
ただ昨今その「生活工芸」の価値基準が余りに一律的になり、同じようなモノばかりが溢れてしまったような気もしている。「ライフスタイル」の箱は決して大きくはない。
自戒も含めて箱が埋まり切ってしまった後、どれほどの新しいユーザー層が後に続いてくれるかは分からない。新しい流れに対応できるように我々モノつくりは準備しておくべきだろう。

まだ色々と書きたいことはあるのだけど、あちこちに角が立ったり、書きにくいこともあるのでこの辺でやめておこう(笑)

*あくまで私個人の考え方であり、異論反論もあるかと思いますが議論するのは面倒なので、読み捨ててください。

posted by Nobuhiko Tanaka at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | よみもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月06日

芸術とは・・(笑)

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日展の不正審査の報道が出てて、ちょっとでも関わりのあるところにいる人間なら「何をいまさら・・」って感じなんだけど、美術品の評価ほどあいまいなモノはないわけで・・・。
焼き物の世界では有名な贋作事件に「永仁の壺事件」があって、そうそうたる方々が見事に大恥をかいたのだが、最近でも十数年前に「高麗青磁」に関しての事件があった。
個人的にはこっちのほうが間抜けでちょっと笑えて好き。(好きというのも変だけど・・笑)
これまた天下の日経新聞はじめ、おエライ方々が見事にだまされて事件の片棒を担がされたのだけど、登場する方々の肩書とこの事件に関わってしまったことのコントラストにニヤリとしちゃうんだよね。

ご興味ある方は「高麗青磁」「谷俊成」で検索するのもよし(あまり充実した情報は出てこないです、なぜか。)、写真の本で読まれるのもよし、ゴシップ的な読みものとしてとても面白いですよ。
posted by Nobuhiko Tanaka at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | よみもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月10日

なんとなく・・・

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「そうなんだよ、みんな、なんとなくだったんだよね」
「あはは、そうかもしれませんねぇ・・」

何が「なんとなく」なのか。
答え「やきものや(陶芸家)」になったこと・・・(笑)

年末、忘年会で益子在住のSさんと、とても久しぶりに話をする機会があった。Sさんは僕より4つほど年上で、大学は違うけど、同じ普通大学の陶芸サークル出身のやきものや。
大学時代、益子の陶芸民宿で縁があり知り合って以来の、もう25年来のお付き合い。

若い子たちを交えて色々な話をしているときに「何でやきものやになろうと思ったか」という話になり、冒頭の会話になったという次第。
作家としてスタートしたばかりの若い子たちはそれを聞いて驚いていたけれど、Sさんや僕が大学を卒業した頃は本当に、誰でも「なんとなく」やきもので食べられちゃう時代だったのだ。僕もその一人で、まあ「なんとなく」この道に入ったということを否定できない・・(苦笑)

でもSさんはぼくよりずっと頭もいいし、思慮深い人なので、「きっとSさんはきっちりと考えたうえでこの道に入ったのだろう」と思っていたから、なんかホッとするのと、おかしいのとで笑ってしまった。
ちなみにSさんは益子をけん引する売れっ子作家のひとりで、「民芸」というスタイルを新しい角度で切り取った素晴らしい作品を作っています。
いい時代だったのか、異常な時代だったのかわからないけど、懐かしい話をしながらも、前を見据えた話も出来て本当に楽しかったな。

♪なんとなーく なんとなーく♪

*写真は1985年ころの陶芸部の制作風景。僕は写ってないです。


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2013年01月06日

今日の名言

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「変わらなくても生き残れると思っているのが間違いだ」柳井正(ユニクロ社長)

賛否両論ある人だけど、この言葉は好きだな。

元になっているのはダーウィンの
「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。
唯一生き残るのは、変化できる者である」という言葉らしいけど、あらゆることに当てはまると思う。
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2012年12月21日

We are the world / USA FOR AFRICA



ラジオや街角のあちこちでこの曲を耳にする時期になると、「あー、クリスマスなんだなあ」と感じるようになる。

1985年にアメリカの名だたるアーティストたちが参加して、アフリカの飢餓救済のために「USA FOR AFRICA」名義で制作・リリースされた。
曲はマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーの共作で、30代半ば以上ならば誰もが知ってる超有名な曲。

こういった活動に対しての賛否は当時からあって、それはそれで色々な意見があってよいと思うのだが、僕がいつも思い出す、ちょっと面白いエピソードがある。

この数年後に確かダリル・ホールだったと思うのだけど、インタビューで「USA FOR AFRICA」の意義について尋ねられた時に話していたこと。
この成功からしばらくたって、彼のところに豪華な記念メダルが贈られてきたそうで、それはこの「USA FOR AFRICA」という、選ばれしトップアーティストのプロジェクトに関われたという印で、参加したアーティスト全員に送られてきたらしい。
彼は、非常に困惑したと語っていたが、確かにアフリカから感謝のしるしに送られたのならうなずけるけど、自分たちで作ったメダルだからね・・・しかもそうとうのお金をかけて(笑)
このプロジェクトの趣旨とはそぐわない気がしちゃうのは確か。

そのほかにもライオネル・リッチーが歌う順番について「俺が作った曲なんだから、俺が一番先に歌うのは当たり前だろ」ってごねたとか、トップミュージシャンのエゴ丸出しの、クスッと笑えるエピソードが色々あるらしい。

ま、素直に聴くのが一番いいのだろうけど、僕はBAND AIDの「Do they know it's christmas」のほうがイイ。UK好きだし、このプロジェクトのオリジナルだしね。

はい、(ちょっと早いけど)ひねくれながらも、メリークリスマスですなヽ(^。^)ノ



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2012年11月04日

変えていくということ

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おなじみの「色の器」シリーズ、湯呑み・マグカップなどの内側の釉薬を変えました。
8月の日本橋三越での展示の時からです。

上の写真が新しいもの。下が従来品ですが、(写真では分かりにくいかもしれませんが)上の新しい方は内側の釉薬が外側とは異なり、光沢感がある釉薬になっています。
理由は「汚れが付きにくいようにするため」です。

自分としては、もともと、内側も外と同じ艶消しの釉薬の表情のほうが好きなので、内外同じにしていました。ただ比較的マットが強い釉薬なのでお茶やコーヒーなどの用途で日常的に使った場合どうしても汚れが付きやすい傾向があり、お客様には「汚れた場合、漂白剤につければきれいに戻ります」というご案内をしていました。
ただ、やっぱり日常の器として使っていただくには汚れにくい方がいいよなあ、とも思い、「質感」と「実用」の間で迷っていましたが、この前の展示から思い切って変えたわけです。

この「質感(デザイン)」と「実用」のバランスというのは、僕たちのような個人作家にとっては避けて通れない命題です。
当然、デザインと実用は両立すると思ってはいますが、「個人作家の焼き物」という分野においてはそれは時にとても難しい問題であったりするのです。
僕は常に「実用」のほうに重心を置いてモノつくりをしていますが、あまりそっちに寄りすぎると、量産の器と重なるところが多くなりすぎてしまう。
実感として、いわゆる「作家もの」と呼ばれるやきものを使ってくださるユーザーは100パーセントの使いやすさのみを求めているわけではありません。モノのデザイン、色、質感に惹かれて使ってくださる部分もある。
だから、丈夫さ、軽さ、重ねやすさ、などなど、実用性ばかりを追い求めても、そのユーザーの方たちには余りアピールしない。
結局はバランスなのです。
そのバランスを取りながら、モノとしても魅力的だし、使い勝手もいい「作品」を出していかなければならない。

で、今回は、少し「実用」のほうに寄る決断をしたということです。
僕は自分の作るものは「作品」であると同時に「商品」とも思っていますから、常にユーザーの方にとって良い方に「変えていくこと」を模索しています。

次の展示ときにはぜひ確認してみてください。



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2012年07月07日

モノつくりの考え方〜「置き換え」

えらそうに語れるような、ご身分ではないのだけど、僕が作品を作る際の考え方をいくつか書いていってみようと思う。

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1枚目の写真は僕の作品。2枚目の写真は九州の小石原焼。
小石原焼は、いわゆる「飛びカンナ」の技法で有名なやきもので分類すれば「民芸」と言えるでしょう。
モノの雰囲気としては民芸らしく、ゆったりとした温かみのあるやきもの。

で、僕の作品も同じく「飛びカンナ」を使っている。
でも出来上がった作品の雰囲気はまるで違うと思う。
僕がやりたかったのは、昔ながらの民芸の技法を、スッキリとしたモダンな雰囲気に「置き換える」ということ。
僕は作品を作るときによく、この「置き換え」を行うことが好きである。

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同様の例をもう一つ。

3枚目の写真は僕のポットで、4枚目は中国の「辰砂釉」の壺。
「辰砂」や「釉裏紅」といった、銅を使って釉を赤く発色させる技法は、中国を中心に相当昔から行われてきた技法。
でも殆どは、どぎつい赤い色でてらてらと光ったいわゆる「伝統工芸的」雰囲気のもの。
僕はそれを艶消しの釉にして、シンプルな形に落とし込んで伝統的な銅赤の物とは違う雰囲気にした。
これも「置き換え」である。

へそ曲がりの僕は、料理でも本の通りに作ることが苦手で、何かしら自分なりのアレンジをしてしまうのだけど、やきものでもまさにそれを実践している、というか、そうしないと気が済まない(笑)
ま、それゆえ遠回りもしたりするわけですが・・・。

なにがしかの参考になれば幸いです。
また書きまーす。


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2012年06月29日

my bible

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昔から釉薬の調合が好きである。
今、自分の作品に使っている釉薬は当然自家調合だし、僕の教室で出している約30種類の釉薬もほぼすべてオリジナルの調合で、今も年に数種は新しい釉薬を提供するようにしている。
ノートに記された調合はいくつくらいあるのか、数える気にもならない・・。

ノートの始まりは、約20年も前の日付。でも、それは望んで始めたワケじゃなかった。

当時、僕は吉祥寺の陶芸教室で講師をやっていて、先輩講師が突然やめることになり、所長の指示によって、彼が担当していた釉薬の研究会を僕が引き継ぐことになった。
もともと、釉調合は好きで、色々釉薬は作っていたけど、釉薬の試験場とかでちゃんと体系的に勉強したわけではないし、二十数人の会員を前に、釉薬の講義と調合テストをやっていく自信なんて全くなかった。
でもやるしかない状況。僕は先輩講師が辞めるまで約3カ月、教室の仕事をほとんどせずに、釉薬の本をよみあさり、計算式を憶え、教室の裏の釉薬調合室でひたすら釉調合のテストを繰り返した。
当然、先輩講師には色々教えてもらったし、他の講師たちも僕が教室仕事をしないことに目をつぶってく
れたことは本当に恵まれていたなあと思う。今更ながら、所長はじめ、みなさん有難うございました(笑)

そんなわけで、釉薬研究会を引き継ぐころには、ぼろいメッキながらなんとか格好は付くようになっていて僕が辞めるまでの2年近く研究会は続いた。
でも釉薬作りは、性に合っていたのだろう、釉薬のテストはライフワーク的に今も続けている。

で、始まりからずっと傍らにあるのが、画像の2冊。
僕にとっては「聖書」である。

釉薬に興味がある人は、ぜひ読んでみてください。(絶版かもしれませんが・・)


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2012年03月17日

地震から1年

早いもので、もう1年が過ぎました。
日々に追われている私たちは、被災地のどれほどのことを把握できているんだろうか・・。

昨年の今頃書いた記事です。
加筆、修正しました。
ご興味ありましたら、読んでみてください。(長文です)

「東日本大地震によせて 〜 福島 1978」
posted by Nobuhiko Tanaka at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | よみもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月16日

日本の心

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創られた「日本の心」神話 〜「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)
 輪島 裕介 (著)



25年も前になるが、大学時代、2年ほど有線放送でバイトをしていた。
モニターとよばれる、電話リクエストを受けながら曲を流す仕事である。

CDもあったけど、まだまだアナログ盤の時代。放送室には膨大なEP盤(シングル盤)の棚があって、リクエストの電話を受ければその曲をかけ、あとは自分の好きな曲を自由に流すことが出来た。

リクエストを受け付けるのは「洋楽」「歌謡曲(今のJ-POP)」「演歌」の3つのチャンネル。
必然的にジャンルをまたいで非常に多くの曲に触れることが出来て、音楽好きの僕には非常に楽しいバイトだった。(時給は安かったけど・・)

そんな環境の中、当時から不思議に思っていたことがあった。
それは「演歌は日本の心」っていうフレーズ。
僕は「演歌」は、苦手なのだが(演歌好きの方すみません)、あたりまえのように語られるこの言葉を、図らずも聴くことになった演歌のレコードをプレーヤーで回しながらいつも違和感を持って咀嚼していた。

今も当時も演歌の中に出てくる女性は、「男に尽くして、じっと耐え忍び、やがて傷ついて上野から列車に乗って北に向かい、青函連絡船に乗って北海道に上陸。どこかの岬まで移動して、北の海の荒れ狂う波を見つめながら涙を流し、その後ススキノあたりのネオン街に身を沈め、ひとり酒場で酒を飲む」と、まあ、これは極端だが(笑)、大体こんなイメージだろうか。
一方男は、逆方向に極端な、いわば「明治の男」的なイメージが多い。

うーん、本当に一部の日本人には当てはまるのかもしれないけど、全体で見たらこれが日本の心とはいえないんじゃないの、って思っていた。
メロディー的にもよっぽど民謡のほうが受け継がれてきた日本のメロディーのような気がしていた。
でもそれはあくまで僕の感覚的な部分での話。

この本では、実は「演歌は日本の心」というフレーズが意図的に作り上げられたものであり、それを明治時代の「演歌」(今の演歌とは全く違うもの)から、現代の音楽シーンまでの豊富なデータを積み重ねながら、論証していく。
僕がずっと疑問に思っていたことのギミックがはっきりと見えてくるのが非常におもしろい。

こういったことに興味がある人にはとても面白くて刺激的な本である。
しかし、(ネタばれになるので深くは書かないが)「演歌」という新しいジャンルを一般化させるのに五木寛之が深くかかわっていたなど、目からうろこの事実もいろいろ書かれていて興味が尽きないなあ。


posted by Nobuhiko Tanaka at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | よみもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする